これまでの経過と設立趣旨
わが会が初めて社会的なアクションを起こしたのは、2003年2月11日、「ゆたかな伊勢湾を取り戻したいと願う人々の交流会」であった(注)。その場に市民団体16組織、研究者4人、各種団体3組織、学生の参加のほか、国土交通省、環境省、愛知、岐阜、三重県他からの「オブザーバー参加」を含め、全部で約50名の参加者があった。お互いの忌憚のない意見交換が行われたという点で大変貴重であった。交流会の最後に、集会参加者が次の約束をして解散した。すなわち、一年以内に再度交流会を持ち、その準備過程で出席者と情報を共有し、先につながる企画提案をまとめるようにしよう、というものであった。計5回、合わせて15名の参加者でおこなわれた準備会は、先の交流会での参加者の発言をしっかりとふまえ、2004年1月25日「伊勢・三河湾フォーラム」を開催した。この集会への参加者は150名以上に上った。その場で会のミッションを指し示す文書「伊勢・三河湾再生フォーラム‐ゆたかな伊勢・三河湾をとりもどすパートナーシップ事業‐」を提示した。
同年2月21日には三重県の「さかなの目」事業主催のシンポジウム「自然再生・私たちが今、行うべきことは?」で「伊勢・三河湾フォーラム」の紹介をしたところ、会のねらいに賛成すると答えてくれた方が参加者の95%にも上った(「賛成する」78%、「どちらかと言えば賛成する」17%)。
同年8月28日伊勢・三河湾沿岸の市民参加による一斉水質調査(「海の健康診断‐ひんさんそ大調査」)を行った。また4月頃から独自に市民参加によるアサリ調査を行ってきた。
同年9月23日、伊勢・三河湾流域で活動している市民団体の交流会(「集まれ!海の人、山の人、川の人、まちの人、伊勢・三河湾再生!!〜想いと知恵の交感広場〜」)を開催し、これまた150名近い参加者を得、霞ヶ浦沿岸で市民側からのアクションとして成功しているアサザプロジェクト等の学習、各参加団体の展示・交流を行った。
以上4つの集会で私たちは、これまで焦点が当てられることがなかった「伊勢・三河湾流域の再生」に寄せる人々の熱い想いを実感することができた。問題はそうした想いを形にする仕組みがどこにも存在しないところにある。私たちはこのことを「共同無責任状態」と表現してきた。「誰もがひとしく恩恵を受けられるはずの、ゆたかな海を取り戻していくことが、共通の目標として定められず、行政のさまざまな施策、市民のさまざまな活動が、実は内湾と深く関わっていながら、内湾を介してつながっていることが自覚されていないために、分散して効果をなくしている状態」と。
この間、十数名の世話人会が議題整理を行い、月一度程度の「全体会」で経験交流と会の意思決定を行ってきた。メーリングリストに登録した「会員」は130名以上で、会員には様々なセクターから集いながら、お互い市民としてフラットな関係を重視した運営を進めてきた。議論の中でわが会のミッションの特徴を見いだすべく、真摯に模索してきた。これまでわが会がミッションとして掲げてきたことは以下のものであった。
| (1) |
全体、統合の視点を重視する、すなわち、伊勢・三河湾全体をにらみ、かつ山・川・里・海の関わりを見据える。 |
| (2) |
すでに行われている市民活動を尊重し、つなぎ役になる。 |
| (3) |
将来、産・官・学・民の協働的な事業・活動展開を望む。 |
| (4) |
市民参加・研究者参加型の流域調査手法を鍛えよう。アサリ調査、貧酸素調査を総括中、森の健康診断を新たに企画。 |
| (5) |
山・川・里・海の再生を目指す市民参加、研究者参加型のシンボル事業を見つけよう。 |
これら5つのミッションは、市民団体が掲げるべきミッションとしては大きすぎるものである。しかし、先に述べた「共同無責任状態」を誰かが指摘し、誰かが打開のアクションを起こさなければならない。それが可能なのは「市民」の立場ではないかと私たちは考え、以前の文書には次のように書いた。
「誰もが実感していることだが、現在の法体系、行政システムでは、制度割(縦割り)、地域割り、年度割の制約があって、自然環境や生態系の保全と修復、再生と創造といった総合的、広域的、かつ生態的時間を必要とする取り組みには向いていない。その壁を乗り越えられるのは、そうした制約から自由な市民活動であり、多様な主体のネットワーク活動であり、関係行政はそれらを支援するという新しいやり方で、旧来の壁を破ることができるのである」と。理念は崇高であるが、それぞれが自分の仕事を持ち、自分の活動を持つ市民が、さらにその先に行う活動の理念としては重たすぎるのが現状である。この矛盾をどのように解決できるのだろうか。まず、5つのミッションを構造化し、まずはわが会が自力で取り組むべきミッションの実現を図りたい。ひとつは、市民参加、研究者参加型の流域調査手法をしっかり総括し、そのノウハウをわが会のオリジナルな力として確立することである。簡易だが一定の精度を持つ測定器具(手法)を持って、市民参加の多数測定点調査を(一斉に)行うことは、今後の流域管理のひとつのシンボル事業になりうるものである。この点を継続、発展させていこう。
会のこれまでの議論で、しばしば霞ヶ浦のアサザに匹敵するシンボル事業は何であろうか、と問いかけてきた。アマモか、それとも干潟再生かと。正直に言えば「発足集会」までに決まらなかったが、わが会のミッションの特徴を発揮できるシンボル事業は、すでに行われてきたこの地の活動が、「つながる」ことにより新しい循環を生み出すことを示すことの中にあるはずである。これを伊勢・三河湾流域ネットワークに加わっているみなさんとともに模索し、確立することを発足後しばらくの間の重要テーマとしよう。この二つのことを着実に足固めしてから、その先に5つのミッション全体の実現に向けた準備を進める。わが会の運動をこのようにとらえ、約一年間を足固め期間としてとらえていこう。
注):2002年度、国際エメックスセンターが地球環境基金にNGOフォーラムフォローアップ事業申請。東京湾、瀬戸内海、伊勢湾でNGO主催のシンポジウムを開いた。伊勢湾での2003年2月11日の集会はそのうちのひとつだった。2003年度、エメックスセンターが地球環境基金にNGOフォーラムフォローアップ事業申請。東京湾、瀬戸内海ではシンポジウム開催。伊勢湾での2004年1月25日集会は、そのうちのひとつ。また「海の健康診断‐ひんさんそ大調査」はエメックスセンターが地球環境基金に申請し、その支援を得た。
現状認識:
伊勢・三河湾では貧酸素現象が毎年出現し、生物相が年々単調化している。2003年2月11日集会においても「惨憺たる状態」という表現で、厳しい意見が相次いだ。実は日本では、この内湾の環境管理という問題を正面から見据え、単に海の自然環境の問題としてではなく、流域全体の社会・経済のあり方の問題として責任を持った「総合管理」を行うという政策が行われてこなかった。ところが欧米諸国では1992年の地球サミット以降、森林、河川、野生生物などを含めた自然資源を生態的・社会的・経済的な意味で持続的に管理する「自然資源管理」の考え方とシステムが定着してきた。それは、「総合化」(海と陸、自然と社会、省庁横断、行政区横断)、「分権化」(ローカル単位で総合政策を)、「協働関係重視」(市民セクターの参加)、「科学を用いた管理」(データ共有、順応的管理)、「政策手段の多様化」(協定、支援)といった共通の形で進行し、先進国全般に及ぶ大きな胎動にすらなっている。
一方日本では、こうした政策変化は断片的に言葉としては言われているが、現実のはっきりとした変化を現すには至っていない。自然資源管理における「日本的硬直性」は基本的には融解をしておらず、その結果、私たちがこれまでも述べてきた「共同無責任状態」が継続してしまっている。とりわけ、伊勢・三河湾のような広域的な自然資源の場合、省庁割り、県割りの体質が未だに強く、政策転換の兆しは見られるものの、大きな仕組みの転換に踏み込んでいるとはいえない。この背景がわが会の活動の意義でもあり、また困難さの原因でもある。ところが、私たちが早くから注目してきた「アサザプロジェクト」という運動は、その独自の構想・戦略によって縦割り行政の限界を軽やかに打破し、霞ヶ浦流域全体の生き物と共生できる社会作りを提案し、「成功」を収めつつあるように見える。飯島博氏は次のように述べる。
NPOの役割:
NPOが統合の意志を持ってアイデアを提供し、行政など専門分化した組織間の連携を作り、公的機能を引き出している。広域かつ総合的なプロジェクトの実施は、従来の組織では不可能なものであり、生活者の視点を持ったNPOという新たな主体が社会に登場したことによって初めて実現した。持続性のあるビジネスモデル:アサザプロジェクトの戦略は、これまでの行政主導による事業の進め方とはまったく異なる。その戦略とはまず、地域に元々あった産業や教育といった広がりをもつ社会システムに環境保全機能を組み込むことで、水循環や生態系の物質循環を意識した人やモノやお金の動きを作り出し、地域に則した循環型社会を構築していくことである。そのことによって湖と流域全体を対象とした事業が展開できる。公共事業と地場産業を結びつけ、持続性のあるビジネスモデルを提案している。
新しい公共の創設:
中心にあるのは組織ではなく、協働の場(アサザプロジェクト)をもった緩やかなネットワークを構築していることである。これにより、ネットワークに参加した各主体が、それぞれの組織の目的を達成することが同時に他者にとってもプラスになり、環境の保全と地域振興の両立が持続的に可能となる。
子供に対する働きかけ:
小学校区の基礎単位からの動きを重視したものになっている点なども大きな特徴となっている。子供への環境教育を重視している。
アサザプロジェクトの「成功」が有する意味を深く理解し、創造的に適応することによって、先に述べた「日本的硬直性」を少しでも打破できるかもしれない。飯島氏は9.23集会において「無い物ねだりではなく、あるもの探しを」というヒントを残された。われわれは何を注目すべきなのか。
会の目的・性格・今後の進め方:
これまで限られた時間を使って行われた議論から、社会に打って出るために必要な最低限の条件を整えてきた。
正式名称:
伊勢・三河湾流域ネットワーク(愛称:山川里海22):
連絡先:
事務所:450-0001愛知県名古屋市中村区那古野1-44-17嶋田ビル203
代表世話人:
辻淳夫、井上祥一郎、高山進
規約を作成
資金:
現在のところ会費方式のみ。早期に事業助成等の収入源を得る。「無い物ねだりではなく、あるもの探しを」というヒントを思い起こし、今はわが会が持続するための戦略固めに集中することが必要である。私たちの会員は山・川・里・海に関わる事業にそれぞれ取り組んでいる。森林再生ボランティアや藤前干潟の保全や菜の花プロジェクト等々の事業である。またそれらを結ぶ「市民参加・研究者参加型の観測事業」や「市民共同の風力発電事業」というアイデアも議論してきた。重要なことは、それらをバラバラなものとしてとらえず、お互いの事業のつながりを活かして「首尾一貫したアイデア」、そしてできればアサザプロジェクトが挑戦しているような「持続性のあるビジネスモデル」にまとめ上げることではないだろうか。私たちは「すでに行われている市民活動を尊重し、つなぎ役になる」と言いながら「自分たちが行っている事業をつなぐとどうなるか」をあまり詰めてこなかった。しかしそれができなければ他人に「つながり」を勧めるのはお節介ではないだろうか。まず会員の事業のつながりによって「新しい循環が生まれ、メリットも生まれる」ことを具体的に詰めてみたい。すなわち、わが会は次の二つの性格を併せ持つ。ひとつは、あらゆる立場の人も、伊勢・三河湾流域を健全な状態にしたいと願う市民という立場からフラットにつながり、ネットワークを組む。もう一つは、自分たちが行っている活動をつなぎ、環境的持続性と経済的持続性と市民参加が並立するモデル事業を興す。そのためのアイデアを練り上げる。事業実現の過程で産官学民の連携を追求する。
できるだけ早期に会費のみの収入源から、事業助成と事業収入を併せ持つ体制に移行する。本日はこうした課題を参加者と共有し、これから会員と一緒に作り上げることを確認する「設立集会」にしたい。1年以内をめどに次の取り組みを具体的に進め、会の基礎固めを行うことを提案する。
会員が深く関わっているこの地のいくつかの事業が、相互につながることによって相互にメリットを得るようなモデル事業を構想し、その実現の可能性を探求する。
山・川・里・海セミナーを年6回行い、各地の状況、活動を交流すると同時に、このモデルを確立するような議論を行う。
参加型の流域調査の実践を引き続き行う。研究者のアドバイスを臨機応変に受けられる体制を模索する(アドバイザーグループ制等)。それに基づく提言を行う。
適切な時期にNPO法人資格を獲得し、それをもってさらに一段レベルアップを図る。